大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和31年(ネ)196号 判決

控訴人 宗教法人八幡神社

被控訴人 宗教法人八幡神社

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする

事実

控訴法定代理人は原判決を取消す被控訴人は控訴人に対し昭和二十六年二月二十日附徳島地方法務局川島支局備付「神社、寺院、教会登記簿」受附第九十六号神社設立登記中第四欄基本財産の総額「金十六万一千円也」とする登記事項の抹消登記手続をせよ訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述は

控訴法定代理人において、

(一)  控訴神社は村社八幡神社の権利義務を承継して昭和二十一年二月二日宗教法人令の規定に依り宗教法人神社と看做され八幡神社(旧宗教法人と称す)として存立していたところ、宗教法人法(昭和二十六年四月三日附法律第一二六号)の施行により同法附則第五項第十五項、第十八項に則り同二十七年八月二十日徳島県知事より同法第十四条に基く規則の認証を受け同年八月二十六日新宗教法人としての設立登記を経由して旧宗教法人の権利義務一切を承継した。即ち原判決添付目録記載の不動産及動産は、控訴神社が旧宗教法人よりその所有権を承継取得したものであり且現にその所有権の帰属者たることの確認判決を得ていることは従来主張の通りである。

反面被控訴神社は昭和二十六年二月二十日宗教法人令第四条に則り控訴神社と同一場所、同一名称の神社として設立登記をなし、且前示目録記載の不動産及動産の財産目録(該物件の所有権は控訴神社に帰属しているに拘らず、被控訴神社は自らその所有権者であるとして不実の事項を記載したものである。)を添付して基本財産の総額金十六万一千円也とする登記(宗教法人令施行規則第十二条第一項第六号所定の申請による。)をなした。(尤も右被控訴神社の設立登記は架空不実の神社登記であるから該設立登記無効の訴を提起したところ、控訴神社敗訴に確定したので、更に最高裁判所昭和三十一年(ヤ)第四号宗教法人設立登記取消再審事件として係属中である。)而して被控訴神社は同二十七年五月九日解散登記がなされたけれども、未だ清算結了の登記がなされていないから宗教法人法附則第三項により宗教法人令(昭和二十一年二月二日勅令第七十号)の規定による宗教法人として存続しているものであり、同法附則第四項により同令及同令施行規則(昭和二十年司法文部省令第一号)の適用があり、同令第十七条民法第七十三条により清算結了に至るまで宗教法人として存続するものと看做される。

(二)  本訴の利益について、

(1)  被控訴神社が昭和二十六年二月二十日その設立登記をなした際、基本財産の総額金十六万一千円として登記を申請した法令の根拠は宗教法人令第四条に定める成立要件を充すためではなく、同令施行規則第十二条第一項第六号に定める処により、前記財産目録(原判決添付の動、不動産を記載せるもの)に基きなされたものである。然るに右物件の所有権が被控訴神社に帰属しないことが確認せられた以上、基本財産に変更が生じた場合として同令第五条第一項同令施行規則第十二条第二項第十一条に定める基本財産総額変更(抹消)の登記をなすべきである。而も右変更登記の事項は登記の後に非ざれば之を以て第三者に対抗し得ない。(同令第五条第二項)それ故この基本財産の総額欄の記載が存続している限りは、その基本財産はなお存続することの推定を受け第三者への対抗要件となること勿論であり、又社会一般に対する公示の効力を有する。

而も右登記手続は登記強制主義の下にあり、被控訴神社代表者はその手続をなすべき公法上の義務がある。然るに被控訴神社代表者は此の義務を怠り、法定の秩序を紊るものであるから之を放任することは違法である。

従つて控訴神社は右物件の所有権者として右の如き不当を排除するため該登記事項の抹消登記手続を求める利益がある。

(2)  被控訴神社は前記の如き方法により前記目録記載の物件を基本財産として設立登記を経了したのであるが、これがため被控訴神社は、当初より存在していた控訴神社が自然消滅に帰したるが如く宣伝し、且つ昭和二十六年八月四日夏越しの祭典には控訴神社の宮司松本茂(当時八十五才)を腕力によりて神殿より追い出し、神楽料は全部被控訴神社の当時の主管者松本啓相が奪い取つている。その後の恒例の秋祭典にも氏子の祭典費用として、集りたる物をこの一派の者によつて横領費消せられているものが跡を絶たないで、控訴神社は経営上の被害(積極的損害)を蒙つている。尚、被控訴神社は前記の通り真実は架空の実在しない神社であるので、この点については再審の訴により之を是正する手続をとつているのであるが、これらのため、控訴神社は消極的な損害を蒙つているものである。従つて右損害の原因を排除するため本件登記事項の抹消を求める利益がある。

(3)  原判決添付目録の記載の物件のうち太鼓、御輿を除く物件は控訴神社の所有にして、その礼拝の用に供する宗教法人法第三条に所謂境内建物であるから、控訴神社は礼拝の用に供する建物たることの登記申請をしようとしたが、所轄徳島県知事は被控訴神社の登記簿に記載の基本財産の総額が右別紙目録記載の物件を指称して、之を基礎として算出せられている事実に鑑み、右登記申請に必要な右物件が控訴神社の所有に係るその礼拝の用に供する建物なる旨の証明をしてくれない。又、法務支局にただしたるに、基本財産と定めた被控訴神社の登記簿第四欄の登記事項は第三者に対する対抗要件として登記されているとする法令の規定により、この登記を抹消しない限りは控訴神社の宗教法人法第六十六条に依る登記は不可能であることを知つた。従つて、控訴神社は右登記手続を申請するため、先ず本件登記の抹消を求める利益がある。

と補陳したほか原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。〈立証省略〉

被控訴法定代理人は合式の呼出を受け乍ら当審における最初になすべき口頭弁論期日に出頭せず且答弁書其の他の準備書面をも提出しない。

理由

被控訴法定代理人は原審並当審を通じ、合式の呼出を受け乍ら各口頭弁論期日に出頭せず且答弁書其の他の準備書面をも提出しないので、控訴人主張の請求原因事実は凡て自白したものと看做すべきところ、該事実によれば控訴神社は村社八幡神社の権利義務を承継して昭和二十一年二月二日宗教法人令の規定により宗教法人神社と看做され八幡神社(旧宗教法人と称する)として存立していたところ、宗教法人法(昭和二十六年四月三日附法律第一二六号)の施行に依り同二十七年八月二十六日新宗教法人として設立登記を経由して右旧宗教法人の権利義務を承継した。即ち原判決添付目録記載の動、不動産は、控訴神社が、旧宗教法人よりその所有権を承継取得したものであること。而るに他面被控訴神社は昭和二十六年二月二十日宗教法人令第四条に則り、控訴神社と同一場所、同一名称の神社として設立登記をなし、且その登記申請に当り前示目録記載の動、不動産を被控訴神社の所有であるとして不実の申告をなして之を基本財産と称しその総額を金十六万一千円と評価して登記を求めたため、控訴人主張の神社等登記簿中被控訴神社の設立登記第四欄に基本財産の総額金十六万一千円と登載せられるに至つたこと、その後被控訴神社は之を自己の所有財産の如く称するので、控訴神社は原裁判所に対し右物件の所有権が控訴神社に属することの確認訴訟を提起して勝訴判決を受け、次で被控訴神社より控訴申立をなしたが、控訴棄却となり、その判決は確定し、前示物件は被控訴神社の所有に非ずして控訴神社の所有に属することが確定したが、被控訴神社(現に解散の上清算中)は未だ右登記簿中の基本財産に関する記載を抹消していないことが明かである。

そこで控訴法定代理人主張の本訴の利益について順次判断する。

(1)  控訴法定代理人主張の前記請求原因(二)(1)の点について。

被控訴神社は前記の通り昭和二十六年二月二十日宗教法人令第四条により設立せられた宗教法人であるから宗教法人法附則第三項第四項の規定により旧宗教法人として存続するものであり、該法人については宗教法人令及同令施行規則の規定は宗教法人法施行後もなおその効力を有するのである。

そこで被控訴神社の右登記の効力を検討するに、元来宗教法人令第四条による神社の設立登記は所謂対抗要件ではなくして、成立要件であり、その登記の効力は宗教法人の権利主体の公示に関するものであり、従つてその内容をなす神社基本財産の総額欄の記載事項も該宗教法人所有の基本財産の総額につき公示力を具有するものである。(宗教法人令第四条同令施行規則第十二条第一項第六号参照)然乍ら右の記載には何等物件の表示をなすものではないから該登記は具体的に如何なる財産が該宗教法人の所有に属するかの点についてまでその公示力を具有するものではない。宗教法人の所有財産等の公示の点については別に同令第十条に依り神社、寺院教会財産の登記(宝物及基本財産たる有価証券)及同令第十五条に依り公衆礼拝用建物及敷地の登記(宗教法人の所有する建物又はその敷地を公衆礼拝の用に供している旨の公示に関するもので、建物登記簿または土地登記簿の甲区事項欄即ち所有権に関する欄に記載する登記)制度が規定せられている。尤も基本財産の総額につき変更が生じた場合には同令第五条第一項に依り変更登記をなすべきであり、右登記事項は、其の旨の登記を経了するに非ざれば之を以て第三者に対抗することは出来ない(同令第五条第二項)とされているが、右は当該宗教法人から第三者に対して右の変更事項を以て対抗し得ないとの意味であつて、その他の第三者から右変更の事実を主張することは妨げないと解すべきこと一般対抗要件の意味と同一に解せられる。

そこで本件について之を見るに、被控訴神社の神社登記簿中基本財産の総額十六万一千円の記載が今尚存在することは被控訴神社が総額十六万一千円の基本財産を所有する旨の公示力を具有するけれども、それが具体的に如何なる財産であるかの点についての公示力はなく、従つて、これあるがため前示動、不動産が控訴神社の所有に属することが確定せられた効力に対しては法律上何等の影響を及ぼすものではないと解するを相当とする。

尤も控訴人主張の如く被控訴神社は前記法令に則り、基本財産の総額欄の変更登記をなす義務があり、此の義務を怠るときは所定の制裁を科せらるべきものであることは控訴人主張の通りであるけれども之れがために右物件の所有権者として控訴神社が私法上本件登記事項の抹消を請求する権利があるとは謂い難い。

叙上説示によつてこの点に関する控訴法定代理人の主張は採用せず。

(2)  控訴法定代理人主張の前記同上(二)(2)の点について。

控訴法定代理人は前記(二)(2)に摘示の如き事情により控訴神社は積極的並消極的な損害を蒙つているから、右損害の発生原因を排除するため本件登記事項の抹消を求める利益がある旨主張するので検討するに、右の如き損害があるとすれば控訴神社の本件動、不動産の所有権等に対する侵害乃至は被控訴神社が不法な設立登記を経由した事実等を原因として不法行為上の責任を追求しうることはありとするも、元来被控訴神社の右設立登記中基本財産総額に関する登記事項の存在することは直接控訴人主張の本件動、不動産の所有権帰属に関する効力には法律上何等の影響を及ぼすものでないこと前叙の通りであるから、本件登記事項が存在することは右損害の発生に対し因果関係をもつものとは認め難い。

従つて右の如き損害の発生を理由として、之れが排除のため本件登記事項の抹消を求めうる筋合ではないと謂うべきである。

仍てこの点に関する控訴法定代理人の主張は採用し難い。

(3)  控訴法定代理人主張の前記(二)(3)の点について。

前記説示により控訴神社は昭和二十七年八月二十六日新宗教法人として設立登記を経了した神社であるから、宗教法人法施行後において控訴神社が同法第六十六条の規定に基き、礼拝用建物の登記手続をするためには、もとより右宗教法人所定の手続によるべきである。

そこで冒頭説示の事実によれば、控訴法定代理人主張の本件物件のうち太鼓、御輿を除く物件は控訴神社の所有にして、その礼拝の用に供する宗教法人法第三条に所謂境内建物であること明かであるから、該物件につき同法第六十六条所定の登記手続をするためには官公署其の他の礼拝の用に供する建物である旨の証明書を該登記申請書に添付すべきである。(同法第六十七条参照)而して、宗教法人令第十五条同令施行規則第二十二条乃至第二十五条(新宗教法人についても宗教法人法第六十六条乃至第七十条に略同趣旨の規定がある。)の各規定の趣旨によれば、旧宗教法人について既に礼拝の用に供する建物又は敷地としての登記を経由している場合には、之を抹消せずしてその同一物件につき他の宗教法人の礼拝の用に供する物件としての登記を経由することは許されないと解せらる。

従つて権限ある官公署としては右登記制度の運用上右のような場合に既に経由せられている登記が抹消せらるべきでないと判断されるような場合には当該神社以外の者に対し登記のため前記の如き証明書類を交付しないこともありうると考えられる。然れ共右物件につき右の如き登記が経由せられたこともなく、唯、事実上右物件等を基礎として算出せられた評価額が前記の如き神社登記簿中基本財産の総額欄に登載せられている事実があるのみでは該登記は具体的に該物件に対する所有権帰属に関する公示力を具有していないと解すべきこと前叙の通りであるから、他に特段の事情のない限り官公署としては右の如き神社設立登記が存在することを理由としては該物件の真実の所有権者に対し前記証明書類の交付を拒否することは出来ないと解せられる。

本件について之を見るに、控訴法定代理人主張の本件物件につき被控訴神社(旧宗教法人)においてその礼拝用建物の登記を経由していることの主張もなく、唯前示の如く右物件を基礎として算出せられた評価額を被控訴神社の基本財産の総額として、神社登記が経由せられている事実があるのみであるから、権限ある官公署等においては、右の如き登記が存在することを理由として控訴神社に対しその主張の如き証明書類の交付を拒否することはできないこと前叙に照して明かである。

従つて所轄徳島県知事が右の如き証明をしてくれないという事実がありとするもそのことだけでは控訴神社が本件登記事項の抹消を求める利益ありとはいえない。又、被控訴神社の本件基本財産の総額の登記事項の効力は冒頭説示の如く本件物件の所有権帰属の点についてまで及ばないものであるから、本件物件につき被控訴神社において、別に前記の如き礼拝用建物の登記乃至は宝物等の登記等を経由していない限り(若し之等の登記が存在する場合には該登記が抹消せられた場合)は、被控訴神社の神社登記簿中本件基本財産の総額欄の記載を抹消するのでなければ控訴人主張の本件物件につき控訴神社においてその主張の如き登記を経由することができないものとは解せられない。

従つてこの点に関する控訴法定代理人の主張も亦採用せず。

要之、被控訴神社の神社登記簿には単に基本財産の評価額のみを記載し何等物件の表示を為すものでないから、神社登記簿の基本財産欄に単に評価額の記載ある事実を以て控訴法定代理人主張の本件動、不動産に対する控訴人の所有関係に不安を来し法律上不利益を受ける虞れがあるものとは認め難いから、これを前提とする控訴人の本訴請求は理由なく、之を棄却すべきものとする。右と同旨に出た原判決は正当にして本件控訴は理由がないから之を棄却することとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用し主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例